2025年7月6日 主日礼拝説教

《 わたしたちのための神の計画 》

ヘブライ人への手紙11:39~40

ところで、この人たちはすべて、その信仰のゆえに神に認められながらも、約束されたものを手に入れませんでした。神は、わたしたちのために、更にまさったものを計画してくださったので、わたしたちを除いては、彼らは完全な状態に達しなかったのです。

(ヘブライ11:39−40)

「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。昔の人たちは、この信仰のゆえに、神に認められました。」(ヘブライ11:1-2)ヘブライ人への手紙に名前があげられる人たちは皆、神の約束を当てにして、期待をかけて、この地を歩みました。神の約束を当てにして、歩むということでは、私たちと同じです。神さまは、神の約束と臨在と力に期待をかけて、歩んだ信仰者たちを、認めてくださいます。これは、昔の人たちも、私たちにも共通することです。そういう意味では、昔の人たちも、わたしたちも同じ信仰共同体に属しているということができると思います。

昔の人たちにも、それぞれに、神の約束が示され、神は共に歩み、御業なしてくださいました。しかし、昔の人たちは、約束の成就である、信仰の創始者であり完成者であるイエス・キリストを知りませんでした。神の約束と臨在と力をもって、この地を歩まれる神の御子イエス・キリストを昔の人たちは知らなかったのです。

神さまは、御子イエス・キリストによって、新しい約束を与え、ご自身を明らかにし、その力を示されました。御子イエス・キリストが、完全な仕方で、神の約束と臨在と力を示してくださったのです。

神がどれほどわたしたちを愛してくださっているか、それは目に見えないものです。神が祝福を約束しているということも、目には見えないものです。昔の人たちは、ただ自分に示されたう約束の言葉を頼りに、この地上で歩みました。

神の約束と臨在と力に期待をして、それを当てにして歩む信仰の共同体は、わたしたちーイエス・キリストを通して神を信じる者たちが加わって、完成する信仰の共同体なのです。

そして、御子イエス・キリストによって神の約束が成就されたことを知らされたものたちは、その恵みを受け取って歩んでいきます。

神さまを、わたしたちは目で見ることができるわけではありません。しかし、わたしたちは、神がわたしたちを愛してくださっていると、臆することなく言うことができます。それは、御子イエス・キリストが、十字架にかかって命をささげてくださったからです。ですから、今日、神さまは、私を愛してくださるだろうか、それとも、今日、神はわたしたちを見捨てるだろうかと、心配する必要はありません。神は、あなたを愛することを決意されていて、御子をこの世に与えてくださいました。

わたしたちは、この御子イエス・キリストによって、神が祝福の約束を成就される、神が共にいてくださって、わたしたちと世界の救いのために、御業をなされると信じることができます。

《祈り》

父なる神さま、今日も御子の十字架の下にわたしたちを集めてくださってありがとうございます。あなたが、わたしたちを愛して、共にいてくださいます。どうか、この安心の中で、与えられたそれぞれのところで、あなたに喜ばれることを選び取り、力を注ぐことができますように。主の御名によって祈ります。

アーメン。    (2025年7月6日 聖餐式 橋本いずみ)