2023年10月1日 主日礼拝説教

《 御子の命を受け継ぐ》

ヨハネによる福音書 19:31~37

その日は、準備の日で、翌日は特別の安息日であったの で、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残し ておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに 願い出た。そこで、兵士たちが来て、イエスを一緒に十字 架につけられた最初の男と、もう一人の男の足を折った。 イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、そ の足は折らなかった。しかし、兵士の一人が槍でイエスの わき腹を刺した。すると、すぐ血と水が流れ出た。それを目 撃した者が証ししており、その証しは真実である。その者は、 あなたがたにも信じさせるために、自分が真実が語ってい ることを知っている。これらのことが起こったのは、「その骨 は一つも砕かれない」という聖書の言葉が実現するため であった。また、聖書の別の所に、「彼らは、自分たちの突 き刺した者を見る」とも書いてある。

(ヨハネ 19:31-37) 神は、この世を愛するがゆえに、御子イエス・キリストをお 遣わしになりました。御子イエス・キリストは、十字架にかか

り、その命を捨てて、救いを成し遂げてくださいました。 御子イエス・キリストは、十字架の上でう息を引き取られ ました。御子が、確かに死んだということは、御子が来られ る前と同じ闇に戻ったということではありません。神の御子 が、肉となって生きて下さったがゆえに、遺されたものがあ りました。そして、その神の御子イエス・キリストの遺産によ

って、今も教会は、命を得ています。 ヨハネによる福音書は、イエスさまが十字架にかかって

息を引き取られた後、死んでいるということが確認された 後に、兵士の一人がイエスさまの脇腹を槍で刺し、血と水 が流れ出たと証言しています。そして、その証が真実であ ると告げています。

イエスさまの脇腹から、血と水が溢れ出た。イエスさまは、 水を与え、血を与えるとおっしゃっておられました。水につ いては、「だれも水と霊とによって生まれなければ、神の国 に入ることはできない」(3:5)「わたしが与える水は、その 人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る」(4: 14)「わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その 人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」 (7:38)弟子たちの足を洗う(13:5〜10)と。血について は「人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたた

ちのうちに、命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲 むものは、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に 復活させる」(6:53〜58)

イエスさまが語られていた水と血が、十字架のイエスさまの体 から溢れ出たのです。そして、十字架の主の体から溢れ出た血 と水が、教会の命となり、今もわたしたちを生かしています。

教会には、大切にしている聖礼典が二つあります。洗礼と聖餐 です。わたしたちは、水をしるしとして用いる洗礼を受けて、神の 子とされました。そして、洗礼を受けて、神の子とされたものたち は、「キリストの肉と血」とに聖餐に与りながら、神の国に生きる 者として養われていきます。

イエスさまは、眠りにつき、そこから溢れ出たもので、教会を形 造られます。それは、人を深い眠りに落とされ、あばら骨の一部 を抜き取って、その骨から女が造られたようにです。(創世記 2:21〜22)神さまは、キリストの体から、キリストと一体となって 歩む教会を造り上げられます。

わたしたちは、十字架にかけられ、命を捨ててくださった神の 御子イエス・キリストの命をいただきます。イエス・キリストから溢 れ出る命が、わたしたちに永遠の命を与え、今日も神の国の子 として生かします。

《祈り》

天の父なる神さま、聖なる御名を賛美します。あなたは、御子 イエス・キリストによってわたしたちに命を与えてくださいました。 主が確かにわたしたちと一つとなって歩もうと決意し、その命を 献げ、主の脇腹から血と水が溢れ出ました。流れ出るその恵み によって、わたしたちを生かしてください。主の御名によって祈り ます。アーメン。

(2023 年 10 月 1 日 聖餐式 橋本いずみ)