2023年11月5日 主日礼拝説教

《 主の慈しみに生きる》

詩編 30:1~13

ヨハネによる福音書 11:23~27

主よ、あなたをあがめます。あなたは敵を喜ばせることなく、わたしを引き上げてくださいました。わたしの神、主よ、叫び求めるわたしを、あなたは癒してくださいました。主よ、あなたはわたしの魂を陰府から引き上げ、墓穴に下ることを免れさせ、わたしに命を得させてくださいました。主の慈しみに生きる人々よ、主に賛美の歌をうたい、聖なる御名を唱え、感謝をささげよ。ひととき、お怒りになっても、命を得させることを御旨としてくださる。泣きながら夜を過ごす人にも、喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる。(詩編30:2-6)

召天者記念礼拝として、主日礼拝をささげています。日本基督教団では、11月第一主日を聖徒の日としています。主を信じて生き、天に召された方々を覚えて、礼拝します。主を信じて、天に召された者は、主によって引き上げられ、命を与えられていきました。

今日は、聖徒の日です。聖徒とは、主の慈しみに生きる人々のことです(5節)。

今日は、詩編30編から共に主の言葉を聞きました。この詩は、神をほめたたえる賛歌、ダビデの詩であり、「神殿奉献の歌」(新共同訳)「家をささげる歌」(新改訳)です。彼は、家族と共に住むために、その家をささげます。神の民は、初物・初穂をささげ、収穫のすべては神からの賜物であると認め、礼拝しました(出エジプト34:22、レビ23:10-)。それと同じように、住む場所を与えられるのは神であり、家のすべては神からの賜物であると認めて、主を賛美します。

主に癒された者(3節)が、主をほめたたえ、その賛美は、自らのうちに留まるのではなく、主の慈しみに生きる人々への呼びかけ(5節)となります。主への賛美は、神によって造られた者の義務―最も大切なつとめだからです。

神の救いを、病や怪我などからの癒し、魂の回復、人生の再建として、わたしたちは経験します。そして、

主によって救われ、神の子とされた者たちは、他者に対して無関心ではいられなくなり、主の慈しみに生きる人々に呼びかけます。聖徒というのは、特別な業を成し遂げた人たちや、品行方正な人という意味ではなく、主の慈しみに生きた人たちのことなのです。そして、主の慈しみに生きるがゆえに、主に忠実に生きるようになった者たちです。

主なる神さまは、いつも変わらず、その民に対して、自由に、また慈しみに満ちた恵みをもって、助けてくださることを主イエス・キリストは身をもって明らかにしてくださいました。

復活の初穂とされる主は、「あなたの兄弟は復活する」と言い、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じるものは、死んでも生きる。生きていてわたしを信じるものは誰も決して死ぬことはない。このことを信じるか」と問われます。

主は、泣きながら夜を過ごす人にも、喜びの朝を迎えさせてくださいます。嘆きを踊りに変え、粗布を脱がせて喜びの帯としてくださいます。

今日、わたしたちは、主の慈しみに生きた人々を思い起こしながら、わたしたちもその一員とされていることを感謝をもって受け止め、主を賛美します。主の家に結ばれているそれぞれの家を主にささげます。

《祈り》復活の主イエス・キリストの父なる神さま。あなたは復活の初穂として主をよみがえらせました。涙の夜が喜びの朝につながっていること、嘆きが踊りに変えられることを信じて感謝します。どうか、主の慈しみに生きた人々と同じように、わたしたちもその後に続くものとならせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。           (2023年11月5日召天者記念礼拝  橋本いずみ)