《 唯一の神 》
マルコによる福音書12:28~34
イエスはお答えになった。「第一の掟はこれである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。「隣人を自分のように愛しなさい。」この二つにまさる掟はほかにない。」
(マルコ12:29-31)
わたしたちが、主の日ごとに礼拝している神さまは、どのような神さまでしょうか。この神さまは、父・子・聖霊の神として、わたしたちを救い、世界を救ってくださる神さまです。わたしたちの神さまは、唯一であり、主と呼ばれているお方です。
神や主と言われているは、たくさんありますが、わたしたちにとっての神は唯一の神、父である神さまがおられるだけです(1コリント8:6)。そして、「二人の主人に仕えることはできない。…あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」(マタイ6:24)とも言われています。神さまを神とするということは、神に仕えるということであり、神を第一とすることです。
今日読んだ聖書の箇所に律法学者が登場します。彼は、神さまの言葉である律法を大切にしていた。神様の言葉に従うことを求めていました。その中で、たくさんある神さまの言葉の中で、どれが第一の掟なのかとイエスさまに尋ねました。イエスさまは、第一の掟として、申命記6:4-5節の言葉を引用されました。
掟だけを答えるならば、5節だけでも良かったはずですが、イエスさまは、4節の「聞け、イスラエルよ。わたしたちの神である主は唯一の主である」から引用されたのです。イエスさまは、主なる神さまを愛することを教えますが、それは、「聞け、イスラエルよ」と語りかける唯一の主がおられて、起こりうることなのです。すべてを生み出し、すべてのものは、この神さまのもとへと帰って行くのです。神さまを唯一の神さまと認めることは、わたしたちを自己中心や人間中心主義から自由にします。人間中心主義、自国主義、自己への執着が、どれほど世界において、悲惨な歴史を生み出してきたか、皆さんは、痛いほど知っているはずです。しかし、自らの内面を見てみると、これが渦巻いていて、愕然とするのです。そこで、主は、「イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である」と宣言されるのです。そして、「あなたは、神を愛するだろう。あなたの心の全体をもって、あなたの魂の全体をもって、あなたの知力の全体をもって、あなたの力の全体をもって。」神を唯一の主と認め、主の言葉を聞く者は、全身全霊をもって神を愛する者になっていくというのです。
旧約聖書で主なる神として語りかけておられた方が、イエス・キリストなって、まことの救いを与える神となられました(イザヤ45:21)、そして、主は、天に昇り、ご自身の霊を与えてくださっているのです。
イエスさまは、唯一の主を認める者たちに、もう一つ重要な掟を教えられました。「自分自身のように隣人を愛するようになる」と自分自身に時間を割き、関心を持ち、時に言い訳をしながら、幸せを願うのと同じ態度で愛するようになるというのです。唯一の主イエス・キリストによって、すべてのものも、わたしたちも存在しています。
《祈り》 父、子、聖霊なるひとりの神さま。あなただけが、世界を造り、それを守り、導いておられます。わたしたちが中心でいようとすることによって、あなたの守りと聖なる導きを台無しにしてきたことを、赦してください。どうか、あなたを唯一の主と認め、あなたを愛し、隣人を愛するものにしてください。主の御名によって祈ります。アーメン。
(2023年7月30日 橋本いずみ)