2023年9月3日 主日礼拝説教

《 十字架のもとにある新しい家族 

ヨハネによる福音書19:25~27

イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。           (ヨハネ19:25-27)

イエスさまが十字架にかけられたとき、一方ではイエスさまの服が分けられ、十字架の元では、主イエス・キリストの十字架のもとに新しい家族が形作られました。

彼らは、イエスさまの十字架の道行の後を追うようにしてやってきた人たちでした。多くの人が十字架の前を行き来したことでしょう。その中で、イエスさまは、十字架のもとに留まっている3人ないしは4人の女性たちと愛する弟子をご覧になりました。イエスさまの十字架のもとに留まったものたちは、イエスさまの眼差しの中に置かれています。

イエスさまは、十字架の上から、母とそのそばにいる愛する弟子をご覧になりました。

イエスさまは、母が息子の死を見届けなければならないその痛みをご覧になっています。その悲しみ、嘆きをご覧になっています。息子を失う母の痛みを見て、慰めをお与えになります。

イエスさまは、最初の奇跡を行われたときと同じように、母に向かって「婦人よ」(ヨハネ2:4)と呼びかけます。あの時は、「わたしの時はまだきていません」と言いましたが、ここでは「見よ、あなたの子です」とおっしゃいます。母の眼差しは、十字架の上のイエスさまに向けられていたことでしょう。その眼差しを、十字架のもとにいる、愛する弟子へと向けさせ、「あなたの息子」だというのです。

そして、愛する弟子もまた母と同じように、その眼差しは、十字架の主へと向けられていましたが、イエスさまは、「見よ、あなたの母です」と同じように十字架の主を見上げる母へと向けさせます。

愛する弟子は、イスカリオテのユダにサタンが入り込み、イエスさまを裏切ろうと動き出す時、イエスさまのいっそう近くにその胸元に寄りかかっていました(ヨハネ13:21-30)。ペトロに対する主の言葉がどのように行われるのかをじっと見ていました(ヨハネ18:15)。そして、イエスさまが母の痛みをご覧になって、慰めを与えようと言葉を残した時、この弟子は、イエスさまの母を自分の家へと迎え入れます。主の後に従ってきたものたちが自分のところへ(16:32)帰る時、行き場をなくす母をこの弟子が受け入れるようになるのです。

イエスさまを愛しその後に従ってきたものは、神の御子が生まれるために用いられた母を受け入れて、じゅうじかのもとに、主イエス・キリストによって結び合わされた新しい家族が生まれました。わたしたちも、今日、十字架のもとに集い、イエスさまによって新しい母、新しい子を与えられ、家族にしていただきました。

《祈り》

 天の父なる神さま、聖なる御名をたたえて賛美します。わたしたち、今日も主の十字架のもとに集まってまいりました。ここにいる一人一人が主の眼差しの中に置かれていることを感謝します。どうか、イエスさまに結び合わされた新し家族として、互いに受け入れ合いつつ、歩ませてください。主の御名によって祈ります。アーメン。                       

(2023年9月3日 聖餐式 橋本いずみ)