2025年2月23日 主日礼拝説教

《  信仰によって、アベルは  》

創世記 4:1~12

ヘブライ人への手紙 11:4

信仰によって、アベルはカインより優れたいけにえを神に献げ、その信仰によって、正しい者であると証明されました。神が彼の献げ物を認められたからです。アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています。(ヘブライ11:4)

信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです(11:1)。このことに生き、死んだ人たちの名前が11章4〜38節に出てきます。「信仰によって」と繰り返し語られて、彼らが生き死んだ姿を語ります。彼らは、信仰のゆえに神に認められましたが、約束されたものを手に入れなかった(39節)。御子イエス・キリストは、世界の創造に関わられたお方ですから、信仰の創始者です。そして、旧約の時代に生きた昔の人も、信仰の創始者であるイエス・キリストにつながっていく一人として生きました。そして、信仰は、イエス・キリストによって完成させられます。

アベルという人がいました。アダムとエバの息子です。アベルには、カインという兄がいました。カインは土の実りを、アベルは、羊の群れの中から肥えた初子を、主のもとに持ってきました。主は、アベルとその献げ物に目を留められました。このことを、ヘブライ人への手紙は、「信仰によってアベルはカインよりより優れたいけにえをささげ、正しい者であると証明されました。神が彼の献げ物を認められたからです」と言っています。

カインは、弟アベルを殺しました。そして、主は「お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる」と言います。このことを、ヘブライ人への手紙は「アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています」と言っているのです。

アベルは、聖書の中で最初に死んだ人、殺された人です。この人は、信仰によっていけにえをささげ、神は、それを賞賛された。この地上の歩み、目に見えるものだけで判断するのであれば、神の目に留まる献げ物を持ってきたがゆえに、そのことによって、殺されることになる。アベルの死はあまりにも理不尽です。しかし、神さまはアベルの献げものを受け入れ、義人として生きたと証言されました。ヘブライ人への手紙は、信仰者の一人目に数えました。神さまは、アベルの叫びを聞かれる。信仰によって、アベルがまだ語っているということは、神さまは、この世に生きている間にアベルが語れなかったことを、聞き続けてくださっているということです。アベルの叫び声は、誰にも聞かれることなく響いているのではなく、神さまがその叫びを聞いてくださっている。そして、アベルが語ることを、聞いてくださる神さまが、イエス・キリストを与えてくださっています。

 何が神に喜ばれることか吟味して生きても、かえって自分が傷つくことになり、自分はいなくてもよかったのではないかという結果になるかもしれない。誰にも、自分の声が届いていないように思えるかもしれない。けれども、神さまは、イエス・キリストによって、わたしたちを見てくださっていますし、巷には響かないわたしたちの叫びを聞いてくださっています。

【祈り】信仰の創始者であり、完成者である主イエス・キリストの父なる神さま。信仰によって見える世界へと、わたしたちを導いてくださって感謝します。生きるにしても、死ぬにしても、十字架と復活の主が、わたしたちと共にいてくださって、わたしたちを認め、言葉にならない叫びを聞いていてくださいます。復活の主が生きて働いていてくださる事実を確認しつつ、そこから力をいただいて、今週も歩ませてください。主の御名によって祈ります。アーメン。               (2025年2月23日 橋本いずみ)