《 信仰によってエノクは 》
創世記 5:21~24
ヘブライ人への手紙 11:5〜6
信仰によって、エノクは死を経験しないように、天に移されました。神が彼を移されたので、見えなくなったのです。移される前に、神に喜ばれていたことが証明されていたからです。信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを信じていなければならないからです。 (ヘブライ11:5-6)
エノクという人がいました。この人も信仰によって生き、この地上での生涯を終えました。創世記5章を見るとアダムから始まって、「〇〇は〜年生き、そして死んだ。」と書かれています。エノクだけはちょっと違います。「エノクは、三百六十五年生きた。エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった。」(創5:23-24)このことを、ヘブライ人への手紙は「信仰によって、エノクは死を経験しないように、天に移されました。神が彼を移されたので、見えなくなったのです。移される前に、神に喜ばれていたことが証明されていたからです。」と言っています。
信仰によって生きる(ヘブライ10:38)者は、死を経験しないように、天に移される。イエスさまの言葉「生きていてわたしを信じる者はだれも決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネ11:26)旧約聖書の時代、信仰によって生きた人として名が残されているのはアベルの次に、エノク、そして、ノア、何百年と時が過ぎ、その中でたった一人を数えるほどです。エノクは、神と共に歩み、神に喜ばれ、天に移された、奇跡的な一人。イエスさまを信じる者たちは、神と共に歩み、神に喜ばれ、天に移される。
イエスさまを信じる者は、イエスさまによって、大胆に神に近づくことができるし、神と共に歩むことができる、神にその存在が喜ばれており、神に喜ばれることができる。間違っていただろうか、どこがダメだっただろうか、あの時にこうしておけば…そんな心配は一つも必要ない。悩んでいても、苦しんでいても、立ち止まって、何にもしなくっても、情けなくって、みっともなくても、たとえ人を傷つけるようなことがあっても、神さまに喜ばれています。イエスさまは、あなたが、どれほど神に喜ばれている存在なのかを示そうとして、十字架にかかってくださいました。イエスさまを信じるというのは、この方の執り成しによって、自分の人生のどこを切り取ったとしても、神がおられない時はないことを知ることです。イエスさまは、あなたが神と共に、神に喜ばれて生きることを望んで、十字架で呪いも罰も、全部引き受けた。あなたの人生マルッと引き受けた。あなたの人生どんなことがあったとしても、祝福しかないし、あなたが神と共に生き、神に喜ばれ、神を喜ぶことで、神に喜ばれることができ、神の栄光が現されます。キリストにあって、今も生きて働いておられる神と共に歩むがゆえに、なしたこと、耐え忍んだことに、必ず、主ご自身が報いてくださいます。
【祈り】
父なる神さま。あなたが私たちと共に歩むことを願い、生きて働いてくださる神であることを、この日覚えさせてくださって、ありがとうございます。死を見て生きるのではなく、キリストにあって、天を見て生きる幸いを感謝します。どうか、あなたがわたしたちを喜んでくださっていることを思い起こし、あなたを喜び、あなたの喜ばれることを選ばせてください。あなたの栄光を仰がせてください。主の御名によって祈ります。アーメン。
(2025年3月2日 聖餐式 橋本いずみ)