2021年8月8日 主日礼拝

《 声がかけられています 

出エジプト記 3:1〜12

モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」

主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」 神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。 (出エジプト記3:1-6)

今日の箇所はモーセの召命の記事です。モーセはイスラエルの民の娘から産まれました。ナイル川に放り込まれて、死ななければならない運命にありました。しかし、偶然やってきたファラオの王女に引き取られ、宮殿で育っていきました。大人になったモーセは、イスラエルの人が、エジプト人にいじめられているところ見て、そのエジプト人を打ち殺して死体を砂の中に埋めてしまいます。このことをファラオに知られて、モーセはエジプトを逃げ出し、ミディアンの地にやってきました。そこで羊を飼いながら暮らしていた一家がいて、その娘たちの危機を助けたのをきっかけに、彼はこの一家と一緒に生活していくことを決め、ツィポラという女性と結婚しました。ひっそりと穏やかに生活していこう、そのようにモーセは思っていたことでしょう。

ところがある日、燃え尽きない柴を目にします。モーセは「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」と、柴を見に来ました。すると、神様が声をかけられ、「わたしはあなたの父の神である。」とご自身を示されました。さらに、エジプトにいるイスラエルの民を救い出す計画を持っていること、そのためにモーセを用いようとしていることを、お話になりました。これを聞いたモーセは、「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」と言います。

彼はやっと平安に過ごしていたのです。そんなときに、願ってもいない道に導かれようとしているのです。彼にとってエジプトの地は、思い出したくない物事であふれているところです。しかし、モーセが思い出したくなかったこと、向き合いたくなかったこと、逃げてしまったことは、神さまからみれば、モーセがその生涯において取り組み、担わなければならない問題だったのです。モーセは神様に問いかけるたびに、神様のご計画と、救われ、導かれている自分の存在を知っていきます。

わたしは何者ですか。そのように、神様に問いかけたいと思います。わたしたちもそれぞれの道を生きています。日常の生活があります。しかし一度その道からそれて、呼んでくださる神様の言葉に聞きたいと思います。神様が一人一人の命の意味、神様の大きな愛のご計画を、示してくださいます。

(2021年8月8日 高橋 幸 神学生 )