2021年4月11日主日礼拝説教

《 それが神の業である 

ヨハネによる福音書6:22-33

イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。朽ちる食べ物ではなく、朽ちない食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である、父である神が人の子を認証されたからである。」そこで彼らが「神の業を行うためには、何をしたらいいでしょうか」と言うと、イエスは言われた。「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」(ヨハネ6:26〜29)

 パンの奇跡の後、群衆はイエスさまを追いかけて、やってきました。人々が、イエスさまを求めて、やって来たのは、パンを食べて満腹したからでした。さらなる恵みを求めて、イエスさまのところに人々は、押し寄せて来ました。

 今日読んだ聖書の箇所から59節まで、あのパンの出来事を通して、神さまがなされていることを語られます。人々がパンの出来事を通して、主イエスに期待したことと、神さまの御子イエス・キリストがパンの出来事を通して、お示しになろうとしたことには、違いがありました。

パンをいただいた人々は、空腹や欠乏を満たす賜物をさらに求めて、やって来ましたが、パンを与えたお方こそが、天からの賜物なのです。

聖餐式では、「キリストの体」と言われるパンを食べます。他の何者でもない、キリストご自身が、わたしたちを養ってくださることを、身を以て体験します。わたしたちを生かしてくださる。わたしたちの生を根元から支えているのは、キリストです。

「キリストの体」をいただいて生きるものは、キリストご自身がそうであったように、「キリストの体」として永遠の命のために働きます。キリストは、そのことを命じておられますし、永遠の命のために働くことを喜んでくださいます。

それでは、キリストの体として、永遠の命に至る食べ物のために働き、神の業を行うためには、何をしたら良いのでしょうか? それは、あなたがたが神から遣わされた方イエス・キリストを信じるということです。どのような状況にあっても、神が遣わされた主イエス・キリストへの信頼があること、それが神の業です。主イエス・キリストは、十字架に上げられ、その命をささげてくださいました。そして、三日目によみがえり、死の縄目からわたしたちを解き放ち、天においてわたしたちを守っていてくださるお方です。このお方との親密な人格関係こそが、信仰の真髄です。わたしたちは、このお方の命をいただいて、生きています。

「パウロも、アポロも、ケファも、世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものなのです」(1コリント3:22)神は、御子を認証されました。(27節)そして、わたしたちもキリストのもの、神のものとし、私たちの心に“霊”wp与えてくださいます。(Ⅱコリント1.22)

【祈り】

復活の主イエス・キリストの父なる神さま。復活された主イエス・キリストがわたしたちにご自身を与えてくださいましたから、わたしたちの目の前にどんなに悲惨な世界が広がっていようとも、恐れません。生きることも、死ぬことも、今起こっていることも、将来起こることも、あなたの御手の内にあると信じます。主よ、あなたがわたしたちを救い出し、慰め、励まし、キリストの体の一部として、永遠の命に至る食べ物のために働かせてください。主の御名によって祈ります。アーメン。

(2021年4月11日 橋本 いずみ )